遠野の道風徳香.. を        のんびりと描写中。


by k1okudake
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*一隅を照らす

web pageからの引用文ですが、明日からのCoffeeTimeのために...

「一隅を照らす」
吉川 亜由美 (社会を明るくする運動意見発表  北日本放送社長賞受賞)
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 「一隅を照らす」国語の先生からこの言葉を教わりました。そのときはすぐに理解することができませんでしたが、この言葉にとても興味をひかれたのです。くわしく聞いてみると、この言葉は、伝教大使・最澄の言葉で「一隅を照らす」人とは、今自分が置かれている場所や立場で、ベストを尽くして照らすことのできる人、他者を光らすことができる人、そして街や社会を明るく光らせることのできる人のことだそうです。この話を聞いた時、すぐに一人のおじさんのことが頭に思い浮かびました。
 私の家の前には、道幅五メートル程の国道が走っています。とても交通量が多く、自転車通学の私たちにとっては、とても危険な道路で、事故もよく起きています。その道路の横断歩道に、三年前から毎朝、立ち続けているおじさんがいます。誰かに頼まれて立っているのではないのですが、どんな天気の日も欠かすことなく交通指導を行っています。そして、そのおじさんは、地域の小学生からお年寄りまで、すべての人に親しまれています。私が、朝、部屋で身支度をしていると、窓ごしに家の前の横断歩道からおじさんの「おはよう」のあいさつとそれに負けまいとする小学生の元気なあいさつ、そして、おじさんと話す、お年寄りの楽しそうな笑い声が聞こえてきます。毎朝それを聞くと、うれしく弾んだ気分になります。そして自分も早く、あのおじさんの立つ横断歩道をわたって学校に行きたくなります。その時、おじさんはいつも決まってこういいます。「気をつけて行って来られ。」私も、大きな声で「はい、行って来ます。」と返事をします。そうすると、おじさんに倍の元気をもらったような気がするからです。自転車をこぐペダルにも、いっそう力が入ります。
 ある日、なぜ毎朝横断歩道に立っているのか聞いてみました。おじさんはこう言いました。「交通事故をなくしたいというのはもちろんのことだが、人と交流を持ちたいと思ってやっとるがや。あいさつをしてみんな元気になれば楽しくなるやろう。」その言葉を聞いた瞬間、私の心は大きく揺れました。
 私は、少年交通指導員として、月に二回、谷屋の交差点に立って交通指導を行っています。果たして自分は、気持ちを込めてその場所に立っていただろうか。そうふり返ると、なかなか勇気が出ず、あいさつができない自分しか、思い浮かんできませんでした。「これではいけない。」「変わらなければ」そんな思いが、自分の中に込み上げてきました。
 そうして、不安をいだきながらも交差点に立つ日がやってきました。毎日聞く、おじさんのあいさつを頭に描きながら、意を決して通りがかりのお年寄りにあいさつをしました。心を込めて「おはようございます。」と言いました。するとお年寄りは、はじめは目を丸くして、こちらを見ましたが、その後すぐに、笑顔で「おはよう、ご苦労さん。」と返してくれました。その時、私はあのおじさんと深いところで、通じ合ったような気がしました。あいさつは人の幸せであり、自分の幸せでもあるということ、そして、自分は今、少しではあるけれど、人に光を与えることができたということ、この二つを実感することができ、とてもうれしくなりました。
 おじさんの光が地域の人々を照らし、地域の人々が光れば、社会全体が光る。小さな光が集まり、大きな光となり、やがて人々の心の太陽となる。おじさんはそんな偉大な力を秘めた「一隅を照らす」人なのだと思います。
 私も、自分の持ち場で精一杯努力し、「一隅を照らす」ことができるようになりたいと思います。

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by k1okudake | 2005-06-30 21:24 | Coffee Times*